頭の中に栄養学・完全食や偏食

1905年(明治38年)には、北里柴三郎らの逆援助推薦で特別研究員としてアメリカのセフレイェール大学に招聘される。1911年(明治44年)ごろ、またヨーロッパを遊学した。栄養学が芽生えたのは、1914年(大正3年)。佐伯によって営養(栄養)研究所が創設され、医師10名、高等師範1名に栄養に関する講義が行われた。1918年(大正7年)当時、教科書や政府の刊行物では営養と表記していたものを栄養に統一するように文部省に建言した。栄えるという字には健康を増進する意味があるからである。また完全食や偏食といった言葉も作り出している。

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